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横からちゃちゃを入れます。

株式会社竹尾ゼネラルカンパニーから金銭を授受してこのブログを書いています。この文言を即座にジョークと理解できないんだったら帰れ。

開設の辞に替え、ブログは死んだと宣言しておこう。

どうもみなさん、GSTV(ジュエリー専門テレビショッピング)MCの辻 直樹さんをいつも生暖かい目で見守っている人ですはじめまして。

「(若干しゃがれ気味の関西弁で)あー!あー!あー!だめでしょ!こんなお値段つけちゃっ!」 ←基本うるさい

そんなうるさい辻さんは置いといて。ブログ開設、はじめましてのご挨拶なのでございます。

ブログ開設のご挨拶としましてはあまりにもひねくれた物言いで申し訳ないのですが、みなさまに残念なお知らせです。
個人ブログは、もう駄目です。おしまいです。

この言葉は大嫌いなのですが、一昔前に流行った時代遅れの言葉を借りれば「オワコン」ってヤツです。さらにさらにひねくれた話なのですが、実はこのブログを立ち上げた理由がまさに、個人ブログは終わった、と私が感じたがゆえに、このブログをはじめた。という不可解なものなので、どうしても、このブログをはじめた理由を書こうとすると、なぜ個人ブログは終わったか、それを説明せざるを得ません。

なぜ個人ブログは終わったと私が感じたのか。その理由と、このブログのタイトルがなぜ「横からちゃちゃを入れます。」なのか。その理由とには、強い関係があります。

fujipon.hatenablog.com

だいぶもったいぶりましたが、ごくごく単純な理由です。SEOを意識して大量の記事を書く。その記事、一本一本が優良コンテンツと判定されるように、その全てを高クオリティの長文に仕上げる。
個人では無理です。

細かい話ですが、個人、というものの定義自体をかなり狭く捉えてはいます。例えばはてな界隈でよく目にいたしますドロップアウトしてブログで稼ぐぞ社畜ども!と威勢よく喚いとります、元気だけが取り柄の若者。スチャダラパーの「ノーベルやんちゃで賞」で勝手に表彰されそうな先走った若者ブロガーさんですね、あれを「個人ブロガー」と呼んでよいのでしょうか。

彼らの多くは「専業ブロガー」を名乗っているわけで、そう名乗っている以上それは、職業としてやっているわけで。ならばもう、一日に五本も六本も高クオリティの記事を書き上げないことには、はずかしくて到底社畜ども!なんてシャウトできないわけでございます。本当に細かすぎる話で申し訳ないのですが収益を得る目的で職業としてフルタイムでブログをやっているのは正確には個人ブログではなく「個人事業者がやってるWebメディア」ですよね。

さらに言えばWELQがここまで盛大に燃え盛りましてさっさと灰になってしまった現状から考えますと、ああいう一見おバカにみえるやんちゃな専業ブロガーさんたちは「本当に実在するのだろうか?」という疑惑すら湧いてくる次第でございます。いや実在はするんでしょうけど、実態はもしかしたら、村田マリさんのような凄腕Webディレクターが全部背後で指示を送って「次はこんなおバカ発言をしてはてな民を怒らせろ」なんてやっているのかもしれないのです。実はぜーんぶ、企業のステルスなのではないか?と疑ってしまう私なのです。もしそうなら、わたくしどものような陰謀論マニアにとっては、大変喜ばしい事態でございます。

いや喜んでる場合じゃないでしょ。

もしも、あるカリスマブロガーが実は企業の支援とディレクションを武器にアクセスを伸ばしているとして、彼が実はその企業の指令を受けて、「サロン」と称して次々”生贄”を量産しているとしたら。いやマジメな話、他の業界でしたら、”種まき”をして多くの候補者の中から「キラキラと輝く若きカリスマ」を育てて、それを崇拝する”優良顧客”を作り、囲い込む。なんてエゲツナイ商売の手法は、普通にやっていることでありまして。なのになぜ、ブログだけが、純粋な個人の力の世界なんだと信じ切ることができるのか。そっちの方が無理がある、と普通に考えればわかることなのにと苦笑いしてしまう人も、「WELQ以後の世界」では、きっとどんどん増えていくことでありましょう。

さて。
そんな恐ろしい「サロン」が実在するなんて私には到底思えませんのでこれはあくまでも仮定の話、物語として受け取ってほしいのですが、そこにつどいし憐れな犠牲者の中にも、才能とガッツと気骨のある若者がいるはずです。その人が頑張ってアクセスを伸ばせば新たな”カリスマ候補”としてお声がかかるでしょうがそこは気骨あふれる若者。憤然と断り「個人ブログの力」なるものを信じて独立独歩の道を行く…しかし、その道には、頑強な壁が立ちはだかるのが現実です。

anond.hatelabo.jp

あなたはこの数ヶ月、個人ブロガーが「炎上」以外で注目を集めているのを見たことがあるだろうか? かつて「面白い」と言われていたネットメディアも、ぜんぜん見ていないのではないか? おそらく「YES」と言うだろう。既存メディアで教育を受けてきた人がいよいよネットに進出してきたので、個人ブロガーの存在感はどんどんなくなってきている。素人の与太話や感想を読むくらいなら、きちんと取材されたものを読みたいと思うだろう。

ちょっと脱線しますが、個人的には、素人の与太話や感想を読む方が楽しいです。でもそういう人の多くは、そういう欲求SNSで自足してしまうでしょう。ブログという形でやる意味があるのでしょうか。

SNSが台頭し「ブログはオワコン」と多くの人が言い出した時期が、かつてありました。しかしそこで、はてな界隈を中心に、猛然と「ブログは終わっていない!」という議論が巻き起こりました。それに後押しされて、真剣にブログと向き合い始めた、そんな人も実は、はてな界隈には多いはずです。でもどうでしょう?あのとき夢見た未来を、あなたがたは今、生きているでしょうか?

さらにさらに。「そうとも!私は、ブログで成功した!夢見た通りだ!ブログは終わってなんかいない!」と堂々言い切れる人がみな、企業のステルス疑惑を持たれる恐ろしい時代が今、到来したのです。悪魔の証明というか、一度疑われたらシロであることを証明する方がむずかしいわけでございます。

ちなみに私の場合、株式会社竹尾ゼネラルカンパニーから金銭を授受してこのブログを書かされております。脱線終わり。

話を戻しますと、つまり才能と根性と時間に満ち溢れた個人というものを想定しても今後は、企業の力、プロの編集の力、組織戦のスクラムの力と真っ向勝負していかなければならないのです。さらに先の引用先の匿名ダイアリーで言及されていない点として「競争相手は既存メディアだけではないぞ」という指摘をもしておきたいのです。ただでさえ既に、個人ブロガー界は過当競争なのですから。

そんな状況を前にして私にできることは「横からちゃちゃを入れる」ことだけだと、悟ってしまったのです。

フルタイムの仕事を別にやりながら、クオリティの高い記事を量産してSEOで成功する。それは、しょせん夢物語です。なんとか個人でも可能であったパクリで記事を量産する行為、あるいはキュレーションと称して他人のネタをただひたすらに右から左へ受け流す。そんな行為が、「WELQ以後の世界」では厳しく糾弾されどんどんやりにくくなっていきます。

そうです。ブログは、終わりました。今、個人ブログにできることはせいぜい「横からちゃちゃを入れる」こと。その程度です。その程度にすぎません。

…いや、ちがう。逆です。”その程度なら俺にもできる”なのです。私の中に、暗い情熱がフツフツと沸き上がった。”せいぜいその程度”だったら、やってやる。
こうして、私は、このブログをはじめたのです。ただ、横からちゃちゃを入れる、それだけが目的のブログを。

以上、現場から東海林がお伝えしました。

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