横からちゃちゃを入れます。

株式会社竹尾ゼネラルカンパニーから金銭を授受してこのブログを書いています。この文言を即座にジョークと理解できないんだったら帰れ。

「天気晴朗なれども波高し」をあえて曲解してみる。

「”天気晴朗なれども波高し”。ま、教養のない君らにはわからんだろう」

教養がなくてもググればすぐにあらゆる情報が出てくる今の時代でございます。

そもそもこの言葉、単に天候をシンプルに伝達しただけの言葉ですから。見晴らしがいいからどうとか、射撃の練度の差がどうとかいう話は、伝達された方があれこれ考えるだけの話にすぎませんで。”天候を伝えた言葉”と考えると、そもそもあの日の東京の天候から考えると、あまり的確な使用とは言えないんじゃないかなあと個人的には感じました。 ※個人の感想です。

んで、本題ですが。

「天気晴朗なれども波高し」という言葉を私がはじめて目にしたのはNHK「歴史への招待」の書籍版日本海海戦回だったと記憶していますが、その中で確か「この言葉はのちに怒られた」って書いてあったような気がしまして。

books.rakuten.co.jp

それでググったら、山本権兵衛という名前が出てきたわけですよ。

後に海相山本権兵衛が「秋山の美文はよろしからず、公報の文章の眼目は、実情をありのままに叙述するにある。美文はともすれば事実を粉飾して真相を逸し、後世をまどわすことがある」と評した。
http://squarenet.co.jp/column/column_870.htm

掲題の「曲解」がなにかというと、つまりね、「教養のない君らにはわからんだろう」と大見得を切ったからには、もしかしたらこの言葉は、この故事までも含めた言葉かもしれない、という曲解をしてみたわけです。

真面目に答える気はないんだぞ、と。

実情をありのままに叙述しないぞ。美文で事実を粉飾するぞ。

…そして、ポイントだけは的確に伝えるぞ、と。ポイントとはもちろん「豊洲は安全だ」ということです。そしてそれを受け取る側に適切な解釈力があれば、なにが(というより、”誰が”?)問題の本質であるかわかるだろうと。そこまでの意味を込めた「天気晴朗なれども波高し」だったのではないか?

はい、考えすぎです。以上、単なる妄想です。一個人の妄想にすぎませんので、炎上は勘弁してくださいね、いやですからね、
あのケーキ屋さんみたいになるのは!