読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

横からちゃちゃを入れます。

株式会社竹尾ゼネラルカンパニーから金銭を授受してこのブログを書いています。この文言を即座にジョークと理解できないんだったら帰れ。

「アベを倒そう!」と叫ぶ人をそっとしておいてあげよう。

そもそも私はそんなに政治に関心のない人間だ、ということは、最初に申し上げておきます。

にも関わらずどうしても心が反応してしまう話題が「アベはヒトラー!」「アベが全ての元凶!」「アベを倒さなければ!」という所謂アベ言説です。

森友の問題にしたって、普通に土地値下げの経緯を地道に追うだけで色々面白かったはずでございますが、何がなんでもアベを倒さねばならぬ!という正義の旗印の元死にものぐるいでアベとこじつけようとしすぎて破綻したように、私からは見えるのでございます。
なぜそんなに、必死にアベを倒さなければならないのでしょうか。

ちょっと話題変えます。

小泉改革が全ての元凶、って言う人も昔はよく見かけました。

元凶、というからには、そのたった一人の人間のためにその前はよかったことがわるくなった、ということでないと言葉の辻褄が合いませんね。

んで、バブル崩壊から小泉改革までの期間、いったい、何が”よかった”というのか。
いいことなんか、何ひとつなかったぞ(´・_・`)

小泉改革が毀誉褒貶相半ばするのは、裏を返せばそこである程度は風向きが変わった証明でもありましょうか。風向きが変わって得をした私のような人間は成功と思い、それが逆風となって損をした人間は、失敗だったと思うのかと。

しかし、小泉改革失敗だったと評価する分は、個人の捉え方や計量の指標によってそうも言えるでしょうが、「全ての元凶だ」という言い方は、明確に間違いだと言えます。

なぜなら大元の原因はやはりバブル崩壊なんですよ。小泉改革がもしもある程度は成功だったとしても、焼け石に水だった。というだけでは。
悪は、バブル崩壊だ。小泉改革ではない。

でもなんとなくバブル崩壊は仕方ない、でもコイズミは許せない」と見えるのです。

バブル崩壊は、色んな人の色んな意思の力が重なって、ふわあぁーっと発生したものです。一方小泉改革小泉純一郎という個の強権によって駆動されたものです。

良いか、悪いか。ではなく単なる「個人の強権へのアレルギー」でしかないように思えるんです。

日本的ですなあ(´・_・`)

一般論として、私たちは、たった一人の人間によって事態がよくなるよりみんなで仲良く事態がわるくなった方がいいんです。その方がナットクがいくのです。

話を戻しますが、アベによって今の日本がよくなっているかわるくなっているかなんて、わかりませんよ。後世の歴史家に評価を任せるしかないことでしょう。

でも、みんなで仲良くわるくなった方がいいんです。個人の強権によっていい方であれわるい方であれ事態が動くなんて、この日本では許されないことなのです。

アベを倒そう!