横からちゃちゃを入れます。

株式会社竹尾ゼネラルカンパニーから金銭を授受してこのブログを書いています。この文言を即座にジョークと理解できないんだったら帰れ。

歌い手を目指していたらなぜかシステムエンジニアにいつのまにか成っていた件。

いわゆるザ・ベストテン世代の私は、子供の頃から歌い手になりたかったのですよ。そんな子供はいっぱいいたけど、私が特殊だったのは、
「貧乏は、イヤだぁー!!((((;゚Д゚)))))))」

そう、何故か私は、ごく普通に豊かな中流家庭…それもドケチ母のコツコツ節約のおかげで中の上くらいの経済力はあった家庭で育ったのに「飢えの恐怖」「経済的困窮への恐怖」が異常に強い子供でした。絶対、前世での死因は「飢え死に」だろ俺。

ザ・ベストテンを、数多くの一発屋が通り過ぎて行きました…彼らは、その後、食えているのだろうか…いやそもそも、一発屋にすらなれず人生棒に振る人がどれほどいるのだろう。小学生で、そんなこと考えてました。ヤな小学生だな(´・_・`)

なので、色々音楽業界の情報を知るにつれ「自分で曲作らんとおいしくないな」と思い始めました。自分自身で売れなくても、売れてる人に曲を提供出来れば食っていける。ましてヒット曲出せばひと粒で何倍もおいしい。

ところが幼少から音楽教育を受けたわけでなく楽譜なんかチンプンカンプンな私にとって、どうやれば曲って作れるの?コレ、大きな疑問でしたね。メロディーは思い浮かぶ。歌詞も思い浮かぶ。でも、それをどうやればカタチに出来るのかサッパリわからない…。

中学生くらいになるとようやく、楽譜とか読めなくてもコンピューターで音楽が作れる技術が研究されてるらしい!商品化も遠くない!みたいな情報が。そうか、そいつがワープロみたいに一般ユースで普及すれば、自分も、曲作りができるかもしれない!

ところが、コンピューターがまた壁でしたね。音楽の件とは別に、そのころから漠然とプログラマーになれたらいいな、というのがあり、しかし中学生の経済力ではPC購入はツラいものがあり。思い切って親に相談したが「お前らの教育費で今カネが無いので買えない」とにべもなかった。今思えば、ミエで三兄弟全員私立に行かせたりするより、PC一台買った方が遥かに費用対効果は高かったのにィィィ!

仕方なく私は、電器屋さんに通ってPCにBASIC打ち込んでましたよ。わかんないとこがあると隣の本屋に駆け込んで立ち読みで調べ、また電器屋に駆け込み…って、天才でもなんでもない私が、そんなんで覚えられるわけないじゃん。そんな感じで数ヶ月ネバったけど、挫折しました。

んで。 パソコン覚えられなかったハナシと直接関係はないけど、まあ曲は作れなくても作詞はやろうや。歌い手も、目指してみりゃあいいじゃん。というところで、高校生になるとおニャン子ブームというのが到来し、"秋元プロデュース"で、作詞家が俄然注目されるわけです。

そうか、作詞家という立場から、曲作りのトータルコーディネートをしたっていいんだ。

んで秋元センセーの本買いました。その中で私が注目したのが
「替え歌は作詞の訓練に最適」
というハナシでした。替え歌といっても嘉門達夫流のワンフレーズネタ替え歌ではなく、一曲まるまる、別な歌詞をつけるんです。今の作詞は、曲先が多いと。曲だけ先にあってそこに歌詞をつけることが実作業では多いので、これは、実戦的な訓練なのだと。

んで、作った作った。200曲以上も作った((((;゚Д゚)))))))作ったら、当時どこの家庭にもあった、マイクミキシングや外部入力録音などの機能を持つダブルラジカセ!こいつで、原曲に実際に自分のボーカルでその歌詞を乗せてみるわけです。作詞・ボーカル両方のトレーニングになってこれは実にヨカッタ。

そんなことしながら、色々あって大学時代になると人間関係が広がり。そんな中で「ハンディーシーケンサー」という曲作りのデジタルガジェットを使いこなす人との出会いに至るわけです。

これこれ、これこそが、中学生のころ欲しかったツールだよ。

手始めに、彼に曲を発注することからはじめました。その際、そのツールの特性上コード進行が既に決めてあればよりイメージ通りの曲が作れるってことで、以前からコード理論は多少勉強してたけど、これを機に本格的に、自分の詩にコードをつける、ということをはじめました。

社会人になると、経済力が上がって自力で、そのハンディーシーケンサーを手始めにガンガン機材を買いはじめました。コード進行を打ち込んであーでもない、こーでもないとウンウン唸っていればなんとなく曲ができてしまう。最初はそれを替え歌の時と同様ダブルラジカセで歌入れしていたんだけど、
「…しょぼい!」
替え歌の時って要は、プロのアーティストが作った音楽をバックトラックに歌を乗せていたわけです。それに比べて、おもちゃのようなツールで作ったサウンドに歌を乗せると、それは、あからさまにチャチかった。

しかし、…最初は、こーんなしょぼいんだあ、とがっかりしましたが。そこに新しい機材を買い足すと、確実に少しずつ、音が良くなる。よし、じゃあ次はこんな機材を買い足そう。まてよ、今あるこの機材をこう組み合わせればもっと…。

ここに、プログラマー/システム屋としての自分の原点があります。
ツールにデータを打ち込んで、あれこれ試行錯誤しているうちに、作品が出来上がる。さまざまなハードやソフトを組み合わせることで、アウトプットの質が上がる。音楽制作を通じて、そこに楽しさを見出すようになった。あー、よく考えたら、今でも同じことをやってる。

このころになるともはや、音楽でメシを食いたい!てのは無かった。
音楽なんかで今さらメシ食えるわけない、メシを食いたい!が目的ではない。音楽そのもの…いや、下手すれば音楽すら要らない。システムを作り、そこからのアウトプットを出す。そこに喜びを見出したんだ。

本末転倒だろうか?
いつのまにか?目的と手段が入れ替わってしまったのか?

そうじゃない、と思う。元々、「好きなことして楽しく生きていきたい」が、本来の目的だったと思う。そして「でもやっぱり、貧乏はイヤだ!」という。
経済的余裕を確保しつつ自分が楽しめることをやっていける…それであれば多分、自分にとって中身はなんでもよかったんじゃないかなと。今日はこんなところで。

↑読者登録お願い致します。ツイッターもフォローよろしくです。↓
twitter.com