横からちゃちゃを入れます。

株式会社竹尾ゼネラルカンパニーより金銭を授受してブログを書いています。この文言を即座にジョークと判断できない方はご遠慮ください。

都会の小粋なカフェで朝を過ごしたい田舎者です。朝の雑談

都会より田舎の方がいいだなんて、本物の田舎に住んだことがない人の妄言でございます。「虫は慣れる」なんて呑気なことは、部屋に普通に寝てて巨大なムカデに足を刺されてぶくぅーって足が膨れて死ぬほど痛いなんて経験をしたら、言っていられなくなります。おはようございます。


また矢沢永吉・著「アー・ユー・ハッピー?」からなんですけど。

面白いことを最近発見した。世の中は、ホームを持っているやつと持っていないやつに分かれるんじゃないかと思うね。ホームっていうのは自分が帰るうちだ。家庭じゃなくてもいい。仕事かもしれない。

最後の「仕事かも」が若干ひっかかる人もいるかもですが、まあ、そうだよねえー、と思う文章です。

ところが、その続きがこうです。

矢沢のホームは、ものをバーンと見せられるところだ。コンサートの快感もそうだし、CDもそうだね。オレはホームをちゃんと持っている。これを持っているから、ドーンと構えていられるんだな。アウェイばかりの人生は、人間という生き物には、難しいすぎる。

「ものをバーンと見せられる」という、抽象的なことがホームだというんです。これはどういうことなのか。しかし考えてみれば、家庭や職場という具体的な所属できる場所がアウェイになってしまうことはよくあることです。

長年頑張ってようやく一流企業の正社員に成れ、これで安定した生活と帰属意識が持てると思ったら、パワハラ上司に叩かれた挙句窓のない窓際部屋へ追い詰められたりとか。幸せな家庭を築けたぜーと思った途端に子どもが”積み木崩し”状態になったりとか。そんなアウェイ状態を乗り切るには「魂のホーム」が必要なんです。すべてを失い身ぐるみ剥がされても堂々としていられる、何かが。

今の自分は、ブログが自分にとってのホームになればいいなあ、と思っています。自分が思うことをバーンと書いて、書けたぜ!という満足を得る。どうだ!と見せつける。自己満足と言われようが、書きたいと思ったことを堂々と書く。そういうことを、やっていきたい。


本日のブックマーク。

id:minaminakun さんの記事。永ちゃんの言う「ホームを持たない人間」がホームを作り上げるのは、大変な作業なんだと最近つくづく思います。ある種、闘いですよ。


本日の一枚。モスで過ごす朝の時間が好きです。しかし本物の田舎にはモスもマクドもないのであった(´・_・`)本物の田舎はね、本物の、アウェイですよ…。

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本日の朝の雑談は以上でございまーす。


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