もうすぐ中二病になる姪っ子にお別れの手紙を

 

「姪っ子ちゃん三部作」の最終回です。今後、このブログで姪っ子のことを書くことは、二度とないでしょう。

↓前回記事


事情により君に会えなくなって二年が経ちますね。おそらく、もう二度と会うことはないでしょう。
君の人生にもう、私は現れません。

病魔に侵される君。

君に教えることができなかったことが一つあります。
もうすぐ君は「中二病」という病気にかかります。

読書が好きで、まわりの子供よりほんの少しだけ聡明な君はきっと、少しだけ早くこの病気にかかると思う。でもね、この病気は、みんながかかる病気なんだ。そしてこの病気が治ったとき、君は、大人になる。みんな、そうして大人になるんだ。だから、恐れずに治療に励んでほしい。

君に会えずにいる間にも、君はすくすくと成長していることでしょう。成長しているのは、体だけじゃない。脳も成長しています。君の脳は日々、容積を増していく。脳の処理能力は日々高まり、次第に、幼いころには不可能だった、抽象的な思考が可能になる。

そのとき、君は思うのです。
「私は今まで、大人たちに騙されていた」と。


なぜ罹患するのか

いつかは理解してほしいのだけど、私を含むまわりの大人たちは決して、君を騙そうとして騙していたのではないんです。それは、愛情ゆえのこと。

幼かった君の未熟な脳には、社会性や道徳といった抽象的な概念を理解することが難しかった。だけど、それを身につけさせなければ、人生を豊かに生きていくことができない。だから、まわりの大人たちは「例えばなし」や「わかりやすく盛りすぎた体験談」などを多用し君の行動を諭した。そういう単純化したモデリングを使わなければ、君の未熟な脳には、理解が出来なかったでしょう。

騙していたのでなく、抽象的な概念をそのまま教えても理解できないから改変して伝えていた。でも成長を続ける君の脳はもうすぐその「改変のウソ」を見抜けるようになるでしょう。やつらは全てウソを教えてやがった!とじだんだ踏んでくやしがることになるでしょう。

…あ、私に限っては「ホントのウソ」もいくつか教えたよ。それは愛情ではなく、面白がってふざけて騙しただけだよ。どれが愛情ゆえのウソで、どれがホントのウソだったか。それは大人になって道に迷ったときの思考実験の糧としてとっておいてね。

それはともかく、これが、中二病の初期症状です。大人はみんな嘘つきだ!今まで信じていた世界は偽りの世界だった!どこかにきっと、真実がある!どこかにきっと、私が生きるべき本当の世界がある!そういう思いがみんな大なり小なり湧き、それが行動を狂わせる。


油断できないその症状。

症状はいろいろです。

自分が王となるべき異世界へ戦士として旅立つためにテレポーテーションの訓練をする、などという重症患者は、実のところ稀です。しかし軽症患者も油断はできないのですよ。勉強にせよスポーツにせよ、自分には特殊な才能があってそれでものすっごい自己実現ができる!という程度の勘違いは、誰もがします。そしてそれが現実になる人は、ほんの一握りにすぎません。

…などという私も、白状しますが、君がうんと幼いころ、”大人の中二病”に少しだけかかりました。おお。姪っ子よ。君は、なんと愛らしいのだ。こんなにも愛らしい女の子は、どうしても女優か歌手かにさせねばなるまい。すぐに子役事務所のオーディションを受けさせよう。いや。運動神経がかなりいいようだから、ダンサーがいい。世界的なダンサーに育てるべきだ。

ごめんね。私はすぐに、自身の不明を恥じたよ。ある程度成長した君を見てしみじみとわかった、君の容姿は、十人並みだ。とびきりブスということもなく、かといってとびきり美人ということもなく…。

ハナシがそれたね。中二病は、症状が進むにつれ、それまでのまわりの大人たちに導かれていた自分を否定するあまり、自分には隠された能力があって大人たちはそれを認めてくれない、という方向に進みます。悪いことに、かつての私のように、子供かわいさに目がくらんであまつさえその症状に乗っかりそそのかすダメな大人すらいます。しつこいようですがその中で、真の才能をたまたま持ち合わせている子供は、ほんの一握り。


中二病のまま自己実現してしまう不幸から身をかわしてほしい。君にはその聡明さはあるはずだ

そうする間にも君の脳は益々成長しさらに容積を増します。成人に近づくころには、君の脳はきっと、この高度に複雑化した社会が絶え間なく発信する大量の情報を、高度な思考フレームワークや情報機器を使いこなして高速で処理し、より抽象度の高い思考を展開することができるようになるでしょう。

そのとき、何が起きるか。

正確な社会認識、自己認識を自力で得られるようになった君は、かつての自分が脳内につくった未熟な思考モデルの幼さに、恥の意識を持つのです。

思い出すたび黒歴史だ!」と叫んで、ダッシュで逃げたくなるでしょう。誰かが”あの頃”に君が書いたポエムを大声で朗読しようものなら、身を引き裂かれるようなはずかしさから逃れたいあまり、自害を真剣に考えることでしょう。

大人になった君がそうやって身をよじって恥ずかしがるさまを、にやにやしながら見てあげたかったものです。そのついでに、お酒の勢いでも借りて、かつて私が君についたウソの種明かしなどもできたら、最高に楽しかったでしょう。

それももう、すべてかなわぬ夢となりました。
さようなら、かわいい姪っ子よ。