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タイトルは適当です。中身は雑記です。

聖書の二大誤用フレーズ「神は乗り越えられない試練は与えない」「狭き門」

〈目次〉

「神は乗り越えられない試練は与えない」

深く考えもせずに脊髄反射で「がんばれ」という人が大嫌いですので、そういう人を見かけるとついつい、攻撃的になってしまいます。

あとねそういう人がそうやって野ザル以下の知能でやる浅い考えでね弱ってる人をがんばれ!がんばれ!って追い詰めるときにですねこれも脊髄反射でセットで良く言う言葉「神は乗り越えられない試練は与えない」。

これもね、大嫌いですね。ご本人が自分を励ますために言う分はねいくらでも言っていいんです、池江璃花子さんが私には乗り越えられるんだ!神は乗り越えられる試練しか与えない!って自分に言い聞かせることは自己暗示によって回復力を上げ治療効果を高めるでしょう、それはいいんですが、

無責任な第三者が外野どころか場外からね「がんばれ!がんばれ!神は乗り越えられる試練しか与えないんだぞ!」とか強圧的に放言してるのを見るとついついそういうお前は日々、たった数キロのダイエットなんて軽い試練すら乗り越えられずにいるくせに何言ってやがると、こちらも場外から罵声を浴びせたくなります。

と、いったところでこのツイートをどうぞ。

……そうなんだ。知らんかった。

そうでしょう?そうだよね!そりゃ物理的に乗り越えられない試練なんていくらでもあるよね。と思ったらやはり、私と同じことをこのツイートに対して思った人は多いようで。。。

正直、乗り越えられない試練だってあるのだから、それも含めて天に任せるしかない、というのは、私にとっては、癒しに思えます。

がんばるな。


「狭き門より入れ」

あとこれも良く誤用されてますよね「狭き門」。

そもそもこのフレーズいわゆる受験戦争が激化したときによく新聞や雑誌などの見出しなんかで「狭き門」って書かれていたことから世間的に定着したフレーズですがそれそのものは間違ってない。その門を通りたい人が10人いるのに、1人しか通れない、狭き門だ。まあそりゃそうですよね。

でもね「このフレーズはそもそも聖書にある言葉で…」って結びつけられるとですね、聖書の方では、その意味では使ってないんだなあ。

聖書が言う狭き門とは「みすぼらしい門」のことです。

そもそも前段として「広き門」が出てくるんです。誰もが通りたがる、すごく立派な、広き門がある。と。誰もがそっちを通りたがり、その脇にあるちっちゃな、目立たない、みすぼらしい門には、目もくれないと。

そのみすぼらしい門こそが天国への門なんだぞ、というのが、聖書でいう「狭き門」です。

ここからは個人的拡大解釈ですが広き門とは世間体栄華栄達のことかなあ、とか思ってます。すごくがんばってお金をいっぱい稼いでそのお金で困ってる人たちを助けようとか。すごくがんばって高い地位をゲットしてたくさんの人を助けられる立場になろうとか。天国に行きたいとか思った人は普通、そういうことを考えますよね。

そっちじゃないんだぞ、と。

そう考えると有名大学の受験というのは実は「広き門」、なんですよね。極端な例を挙げると大事な受験の時に目の前でおばあさんが倒れた。今あなたしか、そのおばあさんを助けられる人はいない。助けますか?大事な受験を棒に振ってまで?


狭き門に入りなさい。以上。


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