死にかけたおじいちゃんを眺めながら食べるどら焼きはうまかったか?覚えてねえや。

 

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

おじいちゃんもおばあちゃんもガンで死にましたな。

おばあちゃんが亡くなったのは成人後でしたが、おじいちゃんが亡くなったのは小学生の時でしたねえ。当時はまだ昭和でしたから、ガンの本人告知なんて特大のタブーでしたし、万一告知されたとしてもまちがっても今みたいに

 

ガーン

なんて気軽に言えるふいんき(何故かコレ漢字に変換できん。このiPhoneとうとう壊れたかな)ではなかった「いや今でも気軽に言う方が少数派だと思うが(´・_・`)」。

なのにおじいちゃんが入院したのが

国立ガンセンター

だったのには子ども心にビビった。国立病院づとめだった親父は得意げに知る人ぞ知る裏ワザ!(←って当時はまだこの言葉なかったけど)ガンセンターには最先端の医療技術が集まっている!ガンじゃなくてもココに入院するのが現代人の最先端ライフ!俺だから知ってるこのワザ俺すげえ!だからおじいちゃんもガンじゃないけどガンセンターに入院させるぜ!俺のコネクションがあるからガンじゃなくても入院できるんだぜ!俺ってマジすげえ!みたいなことを言ってケムに巻いていたのです。

当然親父は実はおじいちゃんはガンって知ってたわけですから内心忸怩たるものがあったでしょうがとにかくそうやってガンを告知せずにガンセンターに入院させたわけです。まあおじいちゃんもホントは感づいてたんではって気もしますが。。。

 

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そんな感じで最初はゆるーいガン闘病スタートだったおじいちゃんも入退院を繰り返し近所の病院に転院した頃にはもう洒落にならない状態っつーかガンかどうかはわかんないけどとりあえずこの人もうすぐ死ぬんだろうなあ(´・_・`)と悟らざるを得ない状態で。

近所だから頻繁にお見舞い行くんだけどもう行きたくなくて行きたくなくて。つらいしもう声をかけてもほとんど明瞭な言葉は返ってこないしで何やればいいかわからない、居づらいというか居場所がない。

でもね行くと付き添ってるおばあちゃんがね、どら焼きくれるんすよ、どら焼き。なぜかどら焼き。今日もお見舞い来てくれてありがとね、はいどら焼き。

多分近くにたまたまどら焼き売ってる店でもあったんでしょうが、当時はね。私、どら焼きって食べものをドラえもんでしか見たことがないんですよ。ああ、ドラえもんでしか見たことがない、あの、どら焼き、だ。

それがうれしくてねえ。行きたくないのに行く、死にかけのおじいちゃんのお見舞い。口が裂けても行きたくないとは言えない、おじいちゃんのお見舞い。その後ろめたさの代償にもらう、まるである種の裏取引の代価を受け取る悪人になったような気持ちで、どら焼きを受け取り、ずっとただぐったりしているだけのおじいちゃんを見つめながら、食べていたのです。

生前のおじいちゃんの最後の思い出。それが、どら焼きだったのです。

以上。